2012年12月13日木曜日

飲み屋で出てきた驚愕の焼きそば

 大学生だったころの話。大学の横には数件の飲み屋が並んでた。全部は覚えてないけど、焼き鳥屋と鉄板焼屋と居酒屋、それと二次会で行くようなバーのような店。まだあるのかなぁ。

 その日も、たしか二次会でそのバーに行った。いつもは、それなりに食べた後の二次会だし、サントリーのオールドとリザーブ、キリンのロバート・ブラウンくらいしか置いてない店だから、その店ではスナック系のおつまみしか注文したことがなかった。安いし。

 でも、その日は誰かが食べ足りなかったようで、ちょっと腹にたまるものを注文したいって話になった。めったに見ることがないおつまみメニューを持ってきてもらったら、腹にたまりそうなものといえば焼きそばくらいしかなかった。焼きそばは400円。

 すぐとなりの鉄板焼屋さんでも焼きそばがあって、野菜もたっぷり入っててたしか350円くらいだったような記憶がある。大盛焼きそばでも500円くらい。

 まあ、しかたないよねー、って感じで注文した。

 数分後に、テーブルに運ばれてきた焼きそばを見て、全員目が点になった。

「こ、これは!」
「この麺の縮れ具合はどう見ても…」
「青のりと乾燥した紅生姜ぁ?」
「見慣れたやつよね、これ。」
「店で食う焼きそばに野菜が入ってないの初めてかも。」

「ちょっと食ってみるか。」
「このソースの風味って…」

 全員の意見が一致した。

 これに間違いない、と。

★特売中★日清焼そば 袋めん 5食パック 1ケース(5P入×6袋 合計30食)
★特売中★日清焼そば 袋めん 5食パック 1ケース(5P入×6袋 合計30食)

「これさー…」
「二度と頼まん!」
「よねー。」

 再び、全員の意見が一致した。


 

2012年11月24日土曜日

白バイが信号無視?

 大学の時の話。学校からバイクで帰宅する途中で、赤信号で停車してた時のことです。

 後ろの方からバイクの音が聞こえてきました。そのバイクも信号で停車するんだろうと思ったけど、全然減速するような音がしなかったのです。

 そのバイクは、左折レーンに入って自分の横を通って行きました。バイクの姿が目に入った瞬間、白バイだということに気付きました。

「あっ!白バイだ!」

 そのとき、左折レーンには車は1台も停車していませんでした。

 白バイは、左折レーンを走りながら赤灯をつけて、サイレンを鳴らしはじめました。突然、サイレンを鳴らしはじめたのを見てて、「なにか事件でも起こったのかな?」と思ったのです。

 そのまま信号待ちしつつ、白バイが走っていくほうを見ていたら、交差点を通過していった白バイは、サイレンを止めて赤灯も消灯してしまいました。

 つまり、白バイは信号無視しただけだったのです。法律的には、赤灯をつけてサイレンを鳴らせば赤信号を無視して交差点に侵入しても違反ではないのでしょう。

 でも、これって、ホントにいいの?


2012年11月20日火曜日

オレ史上最大の三日酔い

 それは20歳のときのこと。そのころは大学に行ってたんですが、地元で成人式があるということだったので、数日間の帰省をしていました。

 成人式を終えたその日ではなくて、翌日くらいだったような気がします。ビールを飲みつつ夕飯を食べ終えて、焼酎のお湯割りを1杯飲んだころでした。実家から2〜3kmのあたりに、酒好きな親戚(母親の兄夫婦)が住んでいたのですが、そこから電話がありました。

「さとしくん、成人式やったんやろ?」
「はい。」
「それはおめでとう。」
「ありがとうございます。」
「お祝いに、うちに飲みに来んね。」
「はいはい、行きます。」

 自転車で、親戚の家に向かいました。

 最初のうちは普通にウイスキーの水割りとかロックとかを飲んでたのですが、途中でおじさんが席を立ちました。

「お祝いやから、ちょっといい酒を持ってこようかね。」
「えっ!いいんですか?」
「まあ、ちょっとだけね。」

 おじさんは、別の部屋からウイスキーのボトルを1本持って来ました。

「これは割って飲んだりしたらもったいないけんね。そのまま飲もう。」

 ウイスキーのボトルはまだ未開封でした。成人式のお祝いということで、わざわざ開封してくれました。そして、小さなショットグラスにウイスキーを注いでくれました。

「これはね、喉を通るときに煙のニオイがするんよ。クーッと飲んでみてん。」
「はい。」

 言われたように、ウイスキーを喉に流し込みました。すると、たしかに煙のニオイがするじゃないですか。

「ほんとだ!煙のニオイがする!おもしろいですね!」

 二人でいろんな雑談をしながら飲んでたのですが、ショットグラスに少し入れては飲み干すという繰り返しで、開封したばかりのウイスキーはあっという間に残り1/3くらいに減ってしまいました。

 それに気付いたおじさん。

「あらら、もうこんなに減った。そろそろ別のにしようかね。」

 そう言って、ワインのボトルを持って来ました。ボトルの形が独特だったので、今でもはっきりと覚えてます。


 これを7割くらい飲んだところで、お開きにすることになりました。

「もう時間も遅いし、そろそろおわろうかね。」
「はい、今日はありがとうございました。」
「そのワインの残りは持って帰っていいよ。」
「ありがとうございます。」

 真夜中の道を、自転車で自宅に戻ります。けっこう酔ってたんですが、自宅までは特に問題なく戻れました。というか、お酒をたっぷり飲んでハイになってたので、無駄に力いっぱい自転車をこいだりしてました。アホです。

 そして、自宅に着いた直後に吐き気に襲われたのです。トイレに駆け込みました。

 はい、はっきり言って飲み過ぎです。ビールの中瓶2本と焼酎のお湯割りを何杯か飲んだ後に自転車で移動して、ウイスキーの水割りとかロックとか飲んで、さらにストレートのウイスキーをボトル半分くらい飲んで、ワインまで飲んでるのですから。

 とりあえず、出るにまかせてリバースしまくりです。無駄に力いっぱい自転車をこいだり、自宅近くでは坂道を上ったりしてるので、血中アルコール濃度も跳ね上がってたはずです。へろへろです。ひととおり吐いて、顔を洗ったり口をゆすいだりして、着替えもしないでそのまま布団に倒れこみました。

 翌朝、ものすごい二日酔いです。当時、二日酔いになったときの対処方法なんてしらなかったので、寝るばかりです。トイレに行きたくなった時に起き上がるのですが、気分が悪すぎて、普通に歩けません。壁に手をついて、階段は手すりにしがみついて、必死の思いでトイレまで移動するのです。

 胃が荒れているのか、食べ物なんてまったく受け付けません。水を飲んでもすぐに吐いてしまいます。正直なところ、救急車を呼んでもいいくらいの二日酔いだったと思います。ホントに死にそうな一日でした。

 そして翌朝。ということは、お酒を飲んだ翌朝ではなくて、翌翌朝ですね。目が覚めると、まだ二日酔いです。とはいえ、前の日に丸一日苦しんでたので、かなり軽減されています。やっと普通の二日酔いになったのです。というか、二日酔いじゃなくて三日酔いですよね。


2012年10月19日金曜日

新幹線ではありません

 いつだったか忘れたけど、もう何年も前のことです。

 折尾駅の鹿児島本線のホームで電車を待っていました。近くに、50歳くらいの着物姿の女性二人がいました。電車の時間まで5分ほどありますが、その電車の前に特急が発車します。

 しばらくして、特急電車がホームに入って来ました。 車両は、白いソニックでした。



 これを見た二人の女性が、驚いたように声を揃えて言いました。

「あらっ、新幹線が走りよる。」


2012年10月13日土曜日

飲酒歴の記録

 ふと思い出して、激しく飲み過ぎた時のことについて書こうかと思ったんですが、その前に飲酒歴を簡単に紹介しとこうかと思ったので、このエントリを先に公開することにしました。

 飲酒歴を遡ると、はっきりしたことはわかりません。父親の晩酌中に、ビールの泡を舐めて「にがーい」って言ってたりしてましたが、それがいつだったかは覚えていません。あと、小学校の頃から、お正月にはお屠蘇を5cmくらいの杯に一杯だけ飲んでました。これも何年生からだったか、はっきりと覚えてません。

 はっきりと覚えてるのは、小学校3年生の時です。夏休みの思い出です。父親が会社の社員旅行みたいなので大分県のログハウスに連れて行ってくれました。他の社員さんも家族連れです。ログハウスと言えばバーベキューですよね。みんなで、昼間からバーベキューで盛り上がるわけです。そこで、大人たちはビールを飲んでますよね。

 大人の人達がおいしそうに飲んでるので、ビール瓶を持ってた人にお願いして紙コップに入れてもらいました。そのころは、子どもの飲酒や喫煙に対して今ほど厳しく言わない大らかな世の中でしたから、父親が「ええよ、ええよ」と言うので、保護者の許可のもと、堂々とビールを入れてくれました。まわりの大人たちは、きっと「苦いー!」っていう反応を期待してたに違いないと思います。

 バーベキューの肉を食べながら、紙コップに入れてもらったビールをゴクリといきました。

 そのビールが旨かったわけです。

「おいしー!」

 大人の人達の驚いた表情が印象的でした。

 そんなわけで、小学校3年生にして、ビールの旨さを覚えたのでした。そのときは、紙コップで5杯くらい飲んだような気がします。

 父親が務めていた会社も年々大きくなり、社員全員とその家族で旅行するのは数年で無理になりました。でも、会社では創立記念日に、家族も呼んで盛大に宴会をするという行事もありました。

 時は過ぎて中学1年の時のことです。例年通り、会社の創立記念日の行事に参加してきました。オードブルが所狭しとならんでいます。ビールの味も覚えているわけですから、一応父親に頼んで、ビールを飲ませてもらうことにしました。その会場では、生ビールサーバーを用意してあって、ビールを飲みたい人は生ビール担当の人に頼んだらジョッキに入れてくれてました。

 中ジョッキになみなみと入れられたビールですが、暑い季節だったし、やっぱり旨いわけです。

 2杯目をもらいに行った時に「だいじょうぶ?」って言われましたけど、だいじょうぶかどうかって見ればだいたいわかりますよね。なんだかんだで料理もいっぱい食べてたので、ビールはそんなにたくさんは飲めませんでした。ジョッキ3杯を飲み干しましたが、おなかいっぱいになりました。

 さらに時は過ぎて高校1年の時の話。なんか理由は忘れましたが、父親から、自宅から歩いて10分くらいのところにあるスナックに連れて行かれました。よく覚えてないんですが、普通にウイスキーの水割りとか飲んでたような気がします。

 そこに、別のお客さんが来ました。そりゃ高校生がスナックで飲んでたら驚くわけです。父親が来て「親公認だから」と説明してくれてその場は落ち着きました。そのお客さんとカウンターで話しながら飲んでて判明したんですが、通ってた中学校のPTA会長でした。

 そこから延々と説教が始まってしまいました。まあ、酒を飲むと説教したがる大人っていますもんね。しかし、途中から何を言ってるんだかわかんなくなってきました。飲み過ぎて酔っ払ってロレツが回ってないんです。

 心のなかでは、説教するくらいなら酒の飲み方のお手本を見せてくれよなー、なんて思ってました。

 高校までの飲酒歴で印象的な話を書いてみました。

2012年10月4日木曜日

最も過去の記憶

 前回は、見たばかりの夢について書いたので、今回は最も古い過去の記憶について書いてみましょう。

 といっても、最も古い記憶だから、たいしたものではないです。いつの記憶なのかさえはっきりしていません。でも、幼稚園に入園する前の記憶だということは明らかです。というのも、幼稚園に入園する前に引越しをしたのです。幼稚園には3年保育で通いました。私は4月生まれなので、4歳から6歳までの3年間を幼稚園に通ったのですね。

 引越しをしたのは、親が自宅を新築したからです。引っ越したあとに幼稚園に通い始めたことは覚えているので、引越しは3歳のときだと思います。もしかすると2歳のときかもしれません。引っ越してからしばらく経って幼稚園に通い始めたような気がします。

 古い記憶の一つは、新築中の棟上げした頃の自宅です。親に連れられて、まだ柱が組み上がったばかりの家を見に行った記憶があります。柱が組み上がった状態の、天井くらいの高いところに大工さんがあがっていて、金槌でトントンと釘を打っていたのが印象的でした。

 家を建てるってすぐにできることじゃないですよね。昔気質の大工さんの仕事ですから、柱が組み上がってから引越しできるようになるまで、半年くらいかかってるんじゃないでしょうか。それを考慮すると、建築中の家を見に行ったのは2歳だったかもしれません。

 そしてもう一つの記憶は引っ越す前の家です。緑色の瓦の平屋建てで、南側に大きな縁側がありました。家の周りにはたくさんの植木があり、緑に囲まれた緑の屋根の家でした。

 庭の端っこから、家の方を見上げたような感じのスナップ写真のような感じで、ワンショットの記憶があるだけです。

 みなさんの最も古い記憶、いつごろのものですか?

2012年10月1日月曜日

壮大な夢を見た

 ある日、友だちから誘われてバイクでツーリングに行くことになりました。なぜか2泊3日の予定で。夢を見たのが木曜日の朝だったんですが、金曜日には専門学校での講師の仕事があります。金曜日の朝には戻ってないとまずいんだけど、とか思いつつも、「まあ、どうせ夢だから目が覚めれば家に戻ってるからいいや」って感じで、その時点で夢を見ているという自覚があるわけです。

 それから細かい話もあるのですがざっくりと省略。目的地のひとつであるダム湖のところまで快適に走りました。道はダム湖の湖面すれすれのところを通っています。というか、1cmくらい水没しています。水しぶきを上げながらバイクで走り抜けます。ガードレールがありません。一歩間違えばバイクごとダム湖に沈んでしまいますが、無事に通り抜けました。

 しばらく走ると、次の目的地である超長いトンネルの入口に到着。トンネルの長さは数10kmだったように思います。ナトリウムランプがトンネルの中をオレンジ色に照らしています。

 バイク3台でトンネルを走り始めました。まったく景色が変わらないトンネルを数10kmも走り続けるなんて、ものすごく退屈そうで、二度と走るもんかなどと思ったのですが、さすが夢。あっという間に通り抜けました。先頭のバイクに続いて田園風景の中を走ります。

 しばらく走ると、見覚えがあるところに出ました。そこは、先ほど通ったダム湖にそっくりでした。水しぶきを上げてバイクでダム湖のほとりを走り抜けます。さらにしばらく走ると超長いトンネルの入口のところに出ました。先頭を走ってた人が地図を確認してみると道を間違ってたことがわかりました。「もっと早く気付けよ。」って思いましたが黙ってました。

 そんな調子なので時間は既に夕方。近くのホテルに宿泊することになりました。

 ホテルにチェックインして荷物を部屋に運び、ロビーで休憩することにしました。ロビーで休憩していると、ホテルのスタッフの方が「このホテルではライオンその他の数種類の動物を放し飼いにしているんですよ」と教えてくれました。ガラス張りの外を見るとそこはホテルの庭園で、数頭のライオンが昼寝をしていました。ホテルのスタッフの方が「ガイドを付けますので、近くでご覧になって下さい」と勧めてくれます。

 ツーリング仲間のうち、女性一人と僕、あわせて二人が庭園に出てみることにしました。

 ホテルの庭園は下の絵のような感じでした。右下のあたりがホテルの庭園出入口。ガイドさんは女性を案内して右側の通路から庭園の奥に進み、さらに左に進みました。Aの位置に女性、Bの位置にガイドさんがいます。赤い●はライオンです。僕は1頭だけ離れて寝ているライオンを見るために、Cの位置に移動しました。

 Bの場所にいるガイドさんが「大丈夫だからこちらに!」とCにいる僕を呼んでます。たしかに、ガイドさんのところに行く途中にいるライオンは眠っているように見えます。それに、人を襲ったりしないよう調教していると説明を受けてますので、多分大丈夫なんでしょう。

 でも、何か嫌な予感がしたのでそのまま立ち止まっていると、カモシカのような動物がやってきて寝ているライオンの方に跳ねて行きました。その動物がライオンのすぐ横を通過しようとした瞬間、パッとライオンの目が開き、その動物の胸元に噛み付きました。ライオンが噛み付いたまま強く首を振ると、血しぶきが上がりそこら中に内臓や肉片が飛び散りました。自分のところまで血しぶきや肉片が飛んできて、頭や服にも付着しています。

 もしガイドさんに呼ばれるままに進んでいたら、僕がライオンの餌になっていたかもしれません。さすがに夢だとわかっていても、ライオンからあんなに派手な噛まれ方をしたくないなと思いつつ、僕は血しぶきや肉片を洗い流すためにホテルに戻ることにしました。

 まもなく、飛び散った肉片に呼ばれるように、ハイエナが群がって来ました。

 ホテルの庭園入口付近まで戻ってみると入口の自動ドアの前に興奮したライオンが1頭いて、周囲を伺っています。しかし、そのライオンの前を通らなければホテルの中に戻ることができません。血しぶきや肉片を浴びている僕は、ライオンから見れば恰好の獲物です。

 他の動物が動いたことで入口の前のライオンがそちらに気を取られた瞬間に、入口まで走りました。しかし、ちょうどライオンの前まで来たところで、ライオンが振り向きました。距離は1mもありません。ホテルの自動ドアが開きかかっています。ライオンが僕に襲いかかろうとした瞬間に、ありったけの力でライオンの鼻を殴りました。ライオンがひるんだ瞬間にホテルの中に駆け込みました。

 これで一安心なんて思ったのですが、そういえばガイドさんと女性はまだ庭園の奥の方に出たままです。

 「助けなきゃ!」

 そう思ったところで目が覚めました。

 それにしてもバイクに乗る夢なんてものすごくひさしぶり。この前、荷物を整理してて、北海道にツーリングに行った時の写真を見つけてしまったからこういう夢を見たのかもしれません。ライオンは意味わからんけど。

☆☆☆☆☆